無借金経営のリスク~実質無借金経営のススメ

無借金経営を目指している経営者は多数いらっしゃいます。しかし、実は無借金経営にはメリットを上回るリスクがあるのです。

無借金経営ではなく「実質」無借金経営を。

その理由を解説します。

無借金経営とは

無借金経営とは、書いて字の如く、「借入金や社債を一切有していない状態」をいいます。

無借金経営で有名な上場企業としては、任天堂やキーエンスなどがあります。

無借金経営のメリット

まず、無借金経営のメリットに触れておきましょう。

精神的に楽

銀行借入の返済は経営者にとって大きなプレッシャーとなります。毎月の資金繰りに気を揉みながら返済資金を確保することのプレッシャーです。

中小企業の経営者は個人資産を担保に入れていたり、会社の借入金に対して個人保証を付けています。銀行借入ができない場合、最悪のケースとして、事業資産をすべて手放して事業を畳んだ上で、なおかつ個人として借入金を背負うことになりかねません。

無借金経営であれば、銀行借入がないため、このようなプレッシャーから解放されるというメリットがあります。

支払利息の負担が無い

借入金には当然のことながら利息が発生します。最近は2016年2月からの日銀のマイナス金利政策もあり、歴史的な低金利が続いています。

それでも一般的な中小企業が借入を行うと、年率1.5%〜3.0%程度の金利はかかってきます(もちろん担保・保証の内容や財務内容によってはこれより高い/低い金利となることもあります)。

営業利益は黒字だが、借入金が多く支払利息によって最終的に赤字になってしまう、という決算書を私は何度も目にしたことがあります。

支払利息が発生しないという点は無借金経営の大きなメリットといえます。

財務諸表の見栄えが良い

貸借対照表を見て企業の健全性を測るときに、まず自己資本比率が着目されますが、無借金経営の企業は当然のことながら自己資本比率が高く、財務諸表上の見栄えが良くなります。

当然、帝国データバンクなどの評点も高くなるため、会社の数値的な信用力が上がります。

無借金経営のデメリット

次に、無借金経営のデメリットを説明します。

端的にいうと「銀行との取引が希薄になる」ことです。

「無借金経営でも銀行に預金をしているのであれば銀行との関係は維持できるんじゃ無いの?」と思われるかもしれません。しかし、以下の理由により、銀行は「預金者」と「融資先」を営業上明確に区別する必然性があります。

  • 銀行にとって預金の預入は銀行法により対応すべき義務に過ぎない
  • 昨今の銀行の経営環境の中では、預金は余っている状態にあり、預金量の維持のために銀行が労力をかける必要がない
  • 本業の収益である貸出金利息が年々減少している銀行にとって、貸出金利息を生んでくれる優良な既存融資先は最も大事にしなければならない顧客に位置付けられる

つまり、融資先も預金先も銀行にとっては顧客なのですが、その重要性は

  • 融資先>>預金先

なのです。

では、銀行との取引が希薄になることで具体的にどのようなデメリットが生じるのでしょうか。

いざというときにお金を借りられない

銀行と新規取引をするためには通常1か月程度の時間が必要です。

なぜなら、銀行としては、①融資する会社の決算書等を入手して財務内容を分析し、②経営者と面談したり会社に訪問して会社の定性的な情報を理解し、➂取引開始のための書類を作成し、④個別融資に必要な書類を準備し、⑤融資稟議書について審査部門の審査を受ける、ために相応の時間がかかるためです。

これが既存の融資先であるならば、これらのうち④と⑤のみ実施すれば足りるためスピーディーに融資を受けることができます。

さらに、いざというとき=資金繰りに困っているとき、を想定すると、銀行の立場からとしては新規取引開始の可否をより慎重に吟味する必要があるでしょう。日頃から付き合いがあり状況がよくわかっている会社と比べて、個別融資の審査が通りにくくなる可能性があります。

紹介や情報提供を受けられない

銀行のコンサルティング機能として融資先に対する取引先の紹介や、不動産売買案件の照会等を必要に応じて実施してくれます。

これらを銀行が実施する目的は、新たな融資取引の発生に結びつくためです。例えば、既存の融資先A社に新しい得意先B社を紹介することで、A社・B社ともに事業規模が拡大し、必要運転資金が増加します。この増加したA社・B社の運転資金を銀行が融資することで、銀行は融資取引を拡大することができるのです。

銀行間の競争が厳しい現在の環境下では、待っていても優良な貸出案件はなかなか見つけることができないため、銀行は既存融資先へのこうしたアプローチを強化しています。

営業力が相対的に弱い中小企業にとって、銀行のコンサルティング機能を利用することができないのは大きなデメリットとなります。

実質無借金経営のススメ

無借金経営のメリットとデメリットを理解したうえで、経営者は「実質」無借金経営を目指すべきである、と私は考えます。

実質無借金経営とは、

  1. 借入は実施しているが
  2. 借入を上回る現金預金を有している

経営状態のことを言います。

2017年3月末時点で上場会社の実に2,000社以上が実質無借金状態となっています。

借入は行うが「現金預金>借入金」の状態にする

まず、銀行との取引関係維持のため一定の借入は実施します。自社の財務内容に鑑みて返済懸念がない程度の金額を借入れるイメージです。これにより無借金経営のデメリットである「銀行との取引が希薄になる」ことを回避します。

その上で、手元の現金預金は借入金を上回る状態にします。手元の現金預金は増えると、資金繰りが安定し、銀行借入に対する返済懸念から解放されます。財務内容としても、「現金預金>借入金」という状態は、「財務的に健全な状態の会社」として認識されます。

これにより、設備投資を迅速に実施したい場合にも取引銀行からの融資が受けやすい状態を作りやすく、銀行に対して販路開拓や取引先(仕入先や外注先)の紹介を受けるといったコンサルティング機能を要望することも可能となります。

一方で、一定の借入金を有することでそれに伴う支払利息は負担しなければなりませんが、これは「銀行との取引関係を維持するための必要コスト」と考えれば事業上必要な経費として納得することができます。

無借金経営が実現できる会社であっても、敢えて銀行借入を実施し、実質無借金経営となることをおススメします。

まとめ

  • 経営者の立場として借入金を持たない「無借金経営」を目指したいのは当然
  • ただし、景気変動の影響を受けやすく、また営業力が乏しい中小企業にとっては、銀行からスピーディーに融資を受けられる関係や、銀行のコンサル機能を受けられる関係は重要
  • これを解決するのが、「実質無借金経営(現金預金>借入金)」